すぐれたことば

1月は雪がよく降りましたね。

どうも、私です。

2019年の元日より、新元号に変わると新聞に載っていました。 天皇陛下がお心を述べられ、生前退位の特例法案が国会に提出される見通しだそうです。 何事も、変わることなく続けてゆくというのは難しいことなんでしょうね。
陛下だけの問題ではなく私たちすべてが人間である以上、本人の気持ちとは別に社会的な関係性、地域との関わり、家族の中の関係など様々なつながりに縛られて苦悩しながら生きています。

昨年の9月、某有名漫画の作者の方が40年に渡る連載を終えられました。 続けてこられた単行本の発行巻数は200巻。 記者会見で、
「びっくりさせて申し訳ないです。終わってしまうのは寂しいことかもしれませんが、本当はすごくめでたいことなんです。まだまだ描きたい気持ちはもちろんありますが、ここで一区切りつけたいと思います」
という趣旨のコメントを述べておられました。
このことに対して、今も現役で別な漫画を45年間描き続けておられる某有名漫画家の方が、
「ご苦労さまと言うしかありません。連載があれだけ長くなると、作品が自分のものではなくなるので、やめるにやめられなくなるものなんです。寂しいのと、うらやましいのと、不思議な気持ちです」
とコメントをしておられました。

作家さんの気持ちは私には分かりませんが、終われるということは寂しさの半面、よろこびでもあるのでしょうね。
反対に、続けていくということは嬉しいことでもあるけれど、ツラいことでもあるんでしょうね。
長く描くということは、読者が増え、キャラクターが増えます。それは嬉しいことですが、「次を早く読ませてくれ」という読者の期待がプレッシャーとなり、ストレスになるかもしれません。作り上げた様々なキャラクターに対する責任というものに縛られ、それがプレッシャーになるかもしれません。 最初は好きで始めた漫画家業も、時が経ちファンが増えることによって、「自分の作品」ではなくなっていく。 描く本人のツラいという思いに反して、側の人間の頑張って描き続けてほしいという思いがある以上、いつまでもいつまでも変わらず続けていかねばならないということは、本人にとってはとてもツラいことなんでしょうね。

そう考えると、国民的アニメ「サザエさん」の「カツオ君」はとてもツラいでしょうね。 日曜日の午後6時半にテレビをつければいつものようにカツオ君が出ています、私は「今日のカツオは何をしでかすかな」くらいにしか思って観ていません。 でもよくよく考えてみると、40年以上も小学5年生を続けねばならんプレッシャーとストレスは想像を絶します。 皆さんはカツオ君の気持ちを考えたことありますか? 彼は口には出しませんが、きっと、ツラいだろうと思います。 私だったら、「あと何年させるつもりだ!いい加減この家を出たいし、アルバイトだって恋愛だってしたいんだ!そもそも家庭内のプライベートを覗かれたくない!!」くらいは言ってしまいます。

人間の人生も同じではないでしょうか。 好きで生まれてきたわけではないけれど、いろんなことを経験しいろんなことに喜び、いろんなことに苦しんで、いずれ終わらねばならないことは明らかです。 いろんな人との関係性の中でさんざん苦悩してきた人に、周りの人間には本人の苦悩が分からないから、「がんばろうね」、「笑顔で健康で長生きしようね」と無責任なことばをかける。
皆さんなら、今までさんざん頑張ってきた人に何と声をかけますか。 また、今までさんざん頑張ってきた自分に何と声をかけてほしいですか。
苦悩していくすべてのものを内包する、何者にも妨げられない「すぐれたことば」、それは私の中にはありませんでした。 人間が超えることのできない大問題は人間を超えたはたらきに問うていくしかないのでしょうね。

筆者  島津 慧

島津コラム2